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東京地方裁判所 昭和55年(ワ)14172号 判決

原告

矢野義矩

原告

池田稔

原告

岡田恵美子こと

岡田きよみ

原告ら三名訴訟代理人

森松萬英

右訴訟復代理人

滝川三郎

被告

右代表者法務大臣

坂田道太

右指定代理人

石川善則

外一名

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告ら各自に対し、各金四九万四五一三円及びこれに対する昭和五六年一月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨並びに担保を条件とする仮執行免脱の宣言

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告矢野義矩は別紙手形目録(一)記載の約束手形、同池田稔は同目録(二)記載の約束手形、同岡田恵美子こと岡田きよみは同目録(三)記載の約束手形を所持し、その各手形金の支払を求めるため、原告ら訴訟代理人弁護士森松萬英をして、東京地方裁判所に対し、訴外株式会社宣幸社(以下、「宣幸社」という。)を被告として約束手形金請求訴訟(同庁昭和五一年(手ワ)第一四四〇号事件)を提起し、昭和五一年七月三〇日、同事件につき仮執行宣言を付した原告ら勝訴の手形判決を取得した。

2  そこで、原告らは、右仮執行宣言付手形判決を債務名義として、昭和五一年八月六日、東京地方裁判所に対し、宣幸社が前記各手形の不渡処分を免れるため第三債務者訴外八千代信用金庫(以下「八千代信金」という。)に預託した預託金各一〇〇万円の預託金返還請求権について債権差押及び転付命令の申請をし、同日、同庁昭和五一年(ル)第二九三二号、(ヲ)第五八五〇号事件(以下「本件申請事件」という。)として受理され、同庁民事第二一部裁判官稲田龍樹の担当事件となつた。

3  一方、宣幸社の債権者訴外菅田英一は、履行期の到来した金三〇〇万円の貸付債権について公正証書の執行力ある正本を債務名義として、昭和五一年八月一八日、東京地方裁判所に対し、宣幸社を債務者、八千代信金を第三債務者として、前記預託金返還請求権について債権差押及び取立命令の申請をし、同日、同庁昭和五一年(ル)第三〇七四号、(ヲ)第五九六二号事件(以下、「菅田申請事件」という。)として受理され、同じく前記稲田裁判官の担当事件となつた。

4(一)  ところが、稲田裁判官は、債権執行の申立に対しては、他に競合する執行申立もあり、その処理の前後によつては申立人に法律上重大な損害を与えることになるので、受付後は迅かに受付の順位に従つて審理裁判すべき義務があるのに、これを怠り、先に受理した本件申請事件を審理することなく、後に受理された菅田申請事件について審理した。

(二)  そして、菅田申請事件につき同年八月二〇日に債権差押及び取立命令を発付し、同命令の正本は同月二一日八千代信金に送達されたが、一方、本件申請事件については同月二四日に債権差押及び転付命令を発付し、同命令の正本は同年九月三日八千代信金に送達された。

5  その結果、原告らは次のとおりの損害を蒙つた。

(一) 原告らは、昭和五一年八月六日に債権差押及び転付命令の申請をしたのであるから、稲田裁判官が速やかに審理して遅くとも同月九日頃同命令を発布していれば、同命令がその頃八千代信金に送達されることによつて原告らは前記預託金返還請求権の転付を受け債権執行の満足を得ることができた筈であるのに、前述のとおり菅田との間で差押が競合したため、原告らは、巳むなく原告ら及び菅田を債権者、宣幸社を債務者とする前記被差押債権の配当事件において、原告らの取得した転付命令が有効であると主張して菅田に対する配当異議の訴(同庁昭和五三年(ワ)第三五三六号事件)を提起したが、原告らの敗訴となり、右配当異議事件の控訴、上告各事件も棄却されて前記転付命令の無効が確定し、結局、原告らは同事件の訴状、控訴状及び上告状の各貼用印紙額合計金四万六八〇〇円相当の損害を蒙つた。

(二) また、原告らは、菅田が前記配当によつて金一四三万六七四〇円を取得したため、その分、債権執行による満足が不可能になり右相当金額の損害を蒙つた。

(三) 以上のとおりで、稲田裁判官の前記債権執行の執務順序を誤つた違法な取扱によつて、原告ら各自は、前記(二)及び(三)の損害金合計金一四八万三五四〇円を三等分したその一である各金四九万四五一三円の損害を蒙つた。

6  よつて原告らは、国家賠償法一条一項に基づき、各自被告に対し、各損害金四九万四五一三円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五六年一月二四日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし3の各事実は全部認める。

2  同4(一)の事実は否認し、その主張は争う。同(二)の事実は認める。

3  同5の事実は否認し、その主張は争う。

4  同6の主張を争う。

三  被告の反論

本件申請事件について、受理から発令まで一九日間を要したのは左記の理由によるものであつて、原告らが主張するような、担当裁判官の職務懈怠によるものではない。

1  本件申請事件は、右事件についての原告ら訴訟代理人森松弁護士が、裁判所に、当該事件の申請書の補正を表明しながら、それを遅滞したために命令の発付が遅れたものである。

2  すなわち、森松弁護士が東京地方裁判所民事第二一部債権執行係に対して提出した「債権差押並びに転付命令申請書」の請求債権目録には、次のとおり記載されていた。

「債権者らそれぞれに対し、各金壱百万円及びこれに対する各昭和五一年四月二四日から完済まで年六分の金員(東京地方裁判所昭和五一年(手ワ)第一四四〇号約束手形金請求事件の執行力ある判決に基づく請求金額)」

3  しかし、同部では、債権差押及び転付命令における請求債権のうち、遅延損害金等の付帯請求については、執行申立時までに発生した分に限定すべきであるとし、申立時後の分についてはこれを否定すべきであるという見解に従つて事件処理を行つていた。これは、申立時後の付帯請求を認めると、その数額を申立時に算出することができず、請求債権の範囲が特定されないため、差し押えた債権を請求債権の範囲で執行債権者に転付することになる転付命令の場合、いかなる範囲で債権者に転付命令を発したことになるのか不明確になるのでこれを避けるとの理由によるものである。

4  そこで、担当書記官は、裁判官の指示により、本件申請事件の申立日である昭和五一年八月六日、森松弁護士に対し、電話で付帯請求部分を申立時までの分に限定し請求債権額が確定するように申請書を補正する意思があるか否かを尋ねたところ、同弁護士が、裁判所に来庁の上これを補正する旨答えたので、同弁護士による申請書の補正が行われ次第その趣旨に従い処理すべく同弁護士の来庁を待つた。

5  ところが、森松弁護士は速かに来庁せず何らの連絡もないので、同年八月二四日頃、担当書記官が同弁護士に対し、申請書の補正の意思を再確認する電話をしたところ、同月二四日、同弁護士が来庁し、右申請書の請求債権目録を次のとおり補正した。

「一 金参百万円也

(東京地方裁判所昭和五一年(手ワ)第一四四〇号約束手形金請求事件の執行力ある判決に基づく請求金額)

一 金五万壱千七百八拾壱円

但し、右元金合計参百万円に対する昭和五一年四月二六日から同年八月六日まで年六分の割合による金員」

そこで、担当裁判官は、同日直ちに本件債権差押及び転付命令を発付した。

四  被告の反論に対する原告らの答弁並びに反論

1  被告の反論2、同3の事実及び同5の事実のうち、申請書の請求債権目録を被告主張のとおり補正したことは認めるが、その余の事実は否認する。森松弁護士が、本件申請事件の申請書の請求債権目録を被告主張のように補正したのは、昭和五一年八月六日の同申請書を提出した時点であつて、被告が主張するように同月二四日頃になつて補正したものではない。

2  すなわち、森松弁護士は、本件申請事件の債務名義である前記仮執行宣言付手形判決の正本が当該事件の被告宣幸社に同年七月三一日に送達された旨の送達報告書を待つて、同年八月四日、右判決正本の送達証明書と右判決に対する執行文の付与を受け、更に同日八千代信金の、同月六日宣幸社の、それぞれ資格証明書の下付を受け、同日、同弁護士自ら東京地方裁判所民事第二一部に赴いて本件申請事件の申立をした。

その際、森松弁護士は同部債権執行係受付の書記官から、同申請書の請求債権目録の遅延損害金について「完済までの金員というのでは金額が特定しないから、今日までの分を計算して訂正してくれ。」と補正の指示を受けたので、直ちにその場で書記官の指導を得て補正し、同書記官から受理票を交付された。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1ないし3、4(二)の各事実は当事者間に争いがない。

二そこで、原告ら主張のように、本件申請事件の処理につき、これを担当した裁判官に職務懈怠による違法な行為があるか否かにつき判断する。

1  ところで、債権執行における転付命令は、差し押えた金銭債権を、執行債権の支払に代えてその券面額で無条件に差押債権者に移転する命令であつて(昭和五四年法律四号による削除前の民事訴訟法六〇一条)、転付命令が債務者及び第三債務者に送達されたときに直ちに弁済の効果を生ずるため、他の債権者に配当要求する余地を与えず、独占的に一種の優先弁済的効果を受けるが、被差押債権につき、既に差し押えがされていて差し押えの競合が生じるときには、その効力を生じない。このように、右転付命令の発令が他の債権者に先じてなされるか否かは、債権者の利害に及ぼす影響が大きいから、その債権執行が受理の順序と異なつて、先に受理されたのに、後に受理された事件より遅れて処理されたようなときは、右遅延に相当な理由がない限り、客観的に正当性を欠くものとして、国家賠償法一条一項の違法性の要件を充足するものと解するのを相当とする。

これを本件についてみると、前記争いのない事実によれば、本件申請事件の担当裁判官が昭和五一年八月六日に当該事件を受理しながら同月二四日まで債権差押及び転付命令を発付せず、同月一八日に受理した菅田申請事件について同月二〇日に債権差押及び取立命令を発付したというのであり、本件申請事件について右発令の遅滞した理由が検討されなければならない。

2  しかるところ、本件では、原告らは、本件申請事件の請求債権として、その申請書の請求債権目録の付帯請求部分に「昭和五一年四月二四日から完済まで年六分の金員」と記載していたこと、東京地方裁判所民事第二一部では転付命令の申立については申立時後の分の付帯請求は差し押えるべき債権の範囲が不明確となるので補正させるとの見解のもとに処理していること、右付帯請求部分が後日、被告主張のとおり申立時までの分に限定した確定金額に補正されていることはいずれも当事者間に争いがないから、結局、原告ら主張のように、昭和五一年八月六日の申請書受理の際、指示にしたがつて右補正したにもかかわらず由なく放置され、転付命令の発令が遅延して後に受理された菅田申請事件の発令より遅れる結果となつたのか、それとも、被告主張のように担当書記官が原告ら代理人に右補正を電話で促し、原告ら代理人において、これに応ずる態度をとつたにもかかわらず、同月二四日まで補正しなかつたために右発令が遅延し菅田申請事件より遅れることとなつたのかが問題となるところ、証人森松萬英、同刀称太治郎の供述中に、確かに原告らの主張に符合する部分が存するが、右供述部分は〈証拠〉に照らすと直ちに措信することができず、却つて右証拠によると次の事実を認めることができる。

(一)  本件申請事件記録の表紙(前掲乙第一号証)の欄外上部に、「請求目録の記載を削ること」及び「請求債権目録を書き直すこと」という、二つのメモが記載されているが、右書込みのうち、前者は本件申請事件につき命令担当書記官として関与した堀込書記官が、後者はその頃同じく債権命令係を担当していた矢吹勝啓書記官が、それぞれ記入したものであること、昭和五一年八月当時、東京地裁民事第二一部における債権差押及び転付命令申請事件にかかる受付から命令発付に至るまでの書記官事務の概要は、(1)申請書類が同部債権執行係の受付に提出されると、受付担当書記官が、管轄の有無、資格証明書、債務名義、執行文及び送達証明書等の添付につき形式的審査をし、これが揃つていれば事件番号をおこし、同申請書に受付スタンプを押捺して申請書類を受理し、申請者に事件受理票を渡した後に、右申請書類を受付補助の事務官に回付する。(2)右事務官は、事件進行簿に受理日、事件番号、当事者名及び訴訟代理人名等を記入したうえ、表紙を作成して申請書類と共に編綴し三名の命令担当書記官へ順次配点する。(3)命令担当書記官は、管轄、執行開始要件の形式的審査を再確認した後、申請書類の内容を審査し請求債権の特定、差押債権の特定及び転付適格等を検討したうえ、問題がなければ直ちに命令書を起案して担当裁判官へ提出するが、問題があれば当事者又は申立代理人に補正すべき点がある旨の連絡をする等の処置をして補正された順に命令書を起案する、という手順で行われていたこと、

(二)  そして同部においては、先に指摘したとおり転付命令における請求債権の付帯請求については、執行申立時までに発生した分に限定してその額を特定する取扱を行つており、債権命令担当係の書記官は、同部裁判官から予めその指示を受けていたこと、ところが、本件申請事件の申請書添付の請求債権目録の付帯請求部分が先のとおり申立時後の分まで記載されていたのでこれを申立時の昭和五一年八月六日までに限定した金額に補正させる必要があつたこと、そこで右申請書類の内容を検討した堀込書記官は、申請書末尾に一〇五(日数)、五一七、八八一(円、付帯請求金額)と計算したメモを書を込み、事件記録の表紙の、債権者代理人欄の下部の余白に「七四−四九三七」(森松弁護士の自宅の電話番号)、「二九一−七三七一」(同弁護士の事務所の電話番号)を記載したうえ、同弁護士に、請求債権目録に補正すべき部分があることを同日電話で連絡し、同弁護士より来庁のうえ補正する旨の回答を受けたので当時裁判官が夏期休暇中であり日程によつては他の書記官が自己に代つて同事件を担当する場合があることに備えて、同事件記録の表紙の欄外上部の余白に、同人の前記備忘メモを書き込んだこと、

(三)  ところで、矢吹書記官は、昭和五一年八月五日から同月一〇日まで夏期休暇をとり同月一一日から出勤したところ、堀込書記官が休暇をとつていたので矢吹書記官が本件申請事件を引継ぐことになり、同書記官が記録を検討すると、請求債権目録の補正が済んでいなかつたので、その頃森松弁護士に電話で連絡をとり、かつ、自分も記録を検討したことを表示するため同事件の表紙の欄外上部の余白に、同人の前記備忘メモを書込んだこと、矢吹書記官は右弁護士が同月二三日頃来庁し右補正したので、本件申請事件の命令書(前掲乙第三号証)の草案を作成し、同月二四日に担当裁判官により右命令がなされたこと

右認定事実を覆えすに足りる証拠は他に存しない。

三そうすると、本件申請事件が八月六日に受理されたにもかかわらず、転付命令が同月二四日に発令されるに至つた事情には客観的に相当な理由があり、担当裁判宮ないしその指揮監督下にある担当書記官に、発令遅延について違法な職務懈怠があると認むべき点はないから、原告らの請求はその余の点について判断するまでもなく、失当といわざるを得ない。

四よつて、原告らの本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民訴法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(山口和男 佐々木寅男 土生基和代)

手形目録〈省略〉

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